京都でキチガイと暮らす

大学二年生の冬だったろうか。僕は京都に住んでいた。京都の厳しい寒風が吹きすさんでいた。紅葉は無残に散り、寒々しい木々に町は灰色の影を投げかけていた。

今出川駅から少し北に行った細い道の上だった。僕は自転車に乗って軽快に前へ前へと進んでいた。

 

歩行者が見えてきた。僕は歩道を走行していたので、交通規則に従い歩道から車道に降り、彼を追い抜こうとした。

 

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「ガタンッ」

自転車は歩道から外れて車道へ下りた。

 

背後から雄叫びが聞こえる。

「歩行者優先の勝利じゃ〜」

僕が追い抜いたおじさんの叫び声だ。

 

僕は恐ろしくなって自転車をこぐスピードを上げた。

そうだ。ここは関西なのだ。しかも、京都。京都は関西の中でも魑魅魍魎が跋扈する都市。歴史と伝統に彩られた神社仏閣が世界中の観光客を魅了する一方、この地に住む者たちは狂気に満ちていた。

近所には「おれは天皇の弟の従兄弟で、検察庁長官と昔からの馴染みや。そんで、この家には光源氏が眠っとる」と会うたびに教えてくれる一人暮らしのおじさんが住んでいた。僕の大家はしばしば僕に家事を手伝うよう命じる。学校に行けば、ボロボロの寮に何十年も住み続けるゴーレムさん(すでに学生ではない)に声をかけられる。ゴーレムさんは最近バイトしていた引越し屋さんの社員に暴力を振るわれたとかで、裁判を起こし幾ばくかのお金が懐に入る見込みだと言って、笑顔を見せた。ボロボロに抜けた前歯が輝いて見えた。

別の寮では、イラン人のバハドゥルさんが寮の一階を丸まる占拠していた。天井高く積み上げられた蔵書はみるみるうちに増殖する。彼は寮やその近所のあらゆる場所に怪文書をばら撒き続けた。誰も手がつけられなかった。追い出そうにも、彼は日本国政府から難民指定を受けており、住所はこの寮に指定されていた。彼を追い出すことは彼を法の秩序から追い出すことに等しいことだった。寮の人権派は彼を擁護し続けた。

山田さん(仮名)も忘れることが出来ない。彼もまた正規の学生ではなかった。単なる聴講生だったが、ここなら安く生活できるとどこかから聞きつけてこの寮に潜り込んでいた。年齢は四十すぎくらいだろうか。人が体調に異変をきたすほどの悪臭を体から発しつつ、誰の忠告にも構うことがない。衛生上の問題から、寮生大会では彼の悪臭について六時間も熱く議論が交わされた。彼は寮を出ることはなかった。人権派の活躍のおかげだ。そう、ここは京都。古くから共産党が強い。人権には敏感な土地柄なのだ。


僕は京都に住んでいた。