『永遠の0』を観て感動したけど、本当に感動してよかったのだろうか。

少し前だが映画『永遠の0』を観てきた。岡田斗司夫が年末のニコニコ生放送で「右も左も関係ないよね。とにかくゼロ戦が、V6の岡田扮する主人公が、かっこいいんだ。戦争賛美も反戦もこの際、関係ない」というような趣旨のことを言って薦めていた。

 

一言感想。「感動した」。ついでに最近、涙もろいのですぐ泣いてしまう。三浦春馬扮する現代の登場人物が主人公(V6・岡田くん)に思いを馳せて涙するシーン。いちいち、感情移入して涙が溢れてしまう。

 

戦闘機や戦闘シーン。CGだろうが、なかなか美しかったし迫力もあった。戦局が悪化していくにつれ、特攻を送り込む数が増えていくにつれ、絶望を深め正気を失っていく岡田君の演技も表情もとても鬼気迫るものがあった。

 

エンターテイメントとして、いい映画だと思った。

 

しかし、一方でもやもやが残った。この映画は一体なんなんだろう。一番の主題は「家族のために自分の命を犠牲にした特攻隊員の悲しくも美しい物語」ということなのだろうが、そこにフォーカスを当てすぎていて肝心の舞台である戦争の描き方が中途半端に終ってしまっているように感じた。

 

特攻隊で命を失った青年軍人たちを賛美する映画だったのだろうか。そう見ることもできなくはない。零戦の性能優位性についての詳細な描写だったり、上手く言えないんだけれどもとにかくかっこいい戦闘シーンだったり。

 

原作者の百田尚樹氏は安部首相と共著まで出しているのだから、戦争賛美は言い過ぎとしても少なくとも心情的に「大東亜戦争」を肯定しているのだろう。

 

日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ

 

安倍首相は靖国神社参拝によって中韓が批判を強める中にあって、『永遠の0』を鑑賞し「感動した」と述べている。「首相だって映画くらい見るだろ、それで感動したって言って何が悪い」という向きもあるだろうが、一国の政治・行政機関のトップの言動はいかなるものであっても政治的色彩を帯びており、何らかの政治的意図をもって行われると考えるべきだと思う。首相がいかなる映画を鑑賞することも感動することも個人の自由として認められるはずだが、それを社会に表明することはまた別個のものとして考えなければならない。中国人や韓国人がこの映画を観て素直に感動して、「戦争は良くないね、これから日本と仲良くやろう」となるとは思えないから、もう少しセンシティブになるべきではと思ったりもする。

 

Twitterで『永遠の0』の感想を探すと、多くの無害なコメントのなかに次のようなものが含まれている。

kkk_pq_x
大日本帝国海軍 嗚呼神風特別攻撃隊 さすが日本。 永遠の0 すげー、絶対三月靖国行こう。 中国、韓国、クソ野郎 日本人らしく生きよ。 絶対隣のぶすが嗚咽上げんやったら もう少し余韻に浸れた、
2014/01/10 21:15

 

honnedehatugen
支那チョンのおかげで日本人が目覚めた?RT @2chradio: 岡田准一主演「永遠の0」が好調! 3週連続首位、興収32億円突破 http://t.co/FTz82zcCpN
2014/01/09 13:02

 

映画 永遠の0を観たあなたへ 感想〜遺書 神風特攻隊 - YouTube

 

Youtubeの関連動画を見るとこういった意見が目立つ。

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神風特攻隊員たちの遺書 - YouTube

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このように『永遠の0』はネトウヨ層からのウケはとてもいい。もちろん、この種のネトウヨや『WiLL』読者層にかぎらず、特攻で亡くなった兵士の行動を潔しとし、国を郷土を家族を思って身を投げ出す態度に胸を打たれたという「ノンポリ」市民は多くいる。

 

「特攻隊を誇りに思うことが日本人として正しいこと」なのか。正直、疑問に思う。戦争で亡くなった方々の犠牲があって今の日本があり、自分がいるというのは間違いないことだと思うが、彼らの精神を肯定することが平和を維持することに貢献するのだろうか。僕にはどうしても滅私奉公を推奨しているのと同じことのように思えてしまう。彼らを誇りに思うことは、次の戦争が仮に起こった時に新たな犠牲者を生む土壌たりえるだろう。

 

一方でこれを反戦映画として見ることも出来るだろう。映画製作委員会には朝日新聞中日新聞社西日本新聞社のようにいわゆる「リベラル系」新聞社の名前がある。主人公は部下を守るため、自分の命を守るため、上官の命令にそのまま従わなかったり、進言したりしては、上官からボコボコに殴られたりぶっ飛ばされたり、そういう戦場の理不尽さを描いているシーンも多くある。

 

特攻隊はみな志願兵から構成されていた(道徳教育はこうあるべきではないか。 - さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」 - Yahoo!ブログ)と右派は主張するが、劇中ではどうみても本心から志願しているのではなく、周りの空気や上官からの圧力によって悔しくも志願を選択せざるを得なかった兵士の存在も描かれている。

 

考えているとモヤモヤが止まらなくなった。賛美するのであれば上官の理不尽な叱責や暴力を描く必要はないし、反戦映画なら特攻志願を「強制」し未来ある若者たちを「無駄死に」させたシステムの醜さをえぐり出さなければならない。

 

感動したのだけど、どうにも煮え切らない中途半端な気持ちが残る。戦争映画なら他にもいい映画あるもんな。『永遠の0』は家族愛映画だと思って見るべきだったのかもしれない。

 

 

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 ベトナム戦争が舞台。ある特殊任務を背負った主人公が戦場の狂気に侵されていく物語。

 

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 同じくベトナム戦争が舞台。前半の訓練シーンはひたすら罵り続ける上官がおもろい。軍隊特有のシゴキやいじめの描き方は迫力。後半の戦闘シーンは派手で見ていて飽きないのだが、あまり深みはないかな。あんまり覚えていない。

 

 戦後ドイツが舞台。過去にナチスと関与した女性と少年がシステムによって引き裂かれてしまう愛の物語。かなしい。

 

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なぜ「特攻」なんていうおバカで狂った戦法を実行したのか。「空気 」がもつ規範性について考えたくて今まさに読んでいる途中。